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「条件付けrの幸せ」からの脱却

私も含めてこの自粛生活は多くの学びが存在していると思う方が多いはずです。
大切な事は不自由になる事で初めてわかります。

断捨離の離、は当たり前のことから「離れて」見つめ直してみる、という意味がありますが、当たり前だった人との集まりが無くなったり、ショッピングも命がけですが、当たり前の生活から非常事態に切り替わり2ヶ月目に入りだいぶ生活のペースもできてきた。
 このような毎日の中でひとつ覚醒したことがあります。
 〜があるから幸せ
 〜がないから不幸
      の図式は わたしの中で完全になくなった。 〜ないから不幸なんて事は一生ないのだ。本当に空気と食べ物とお水がなくなれば死ぬ時だ。死ぬのは人生で一回きり。笑。何度も死なない。 生きている限り生きられる要素がギリギリでもちゃんと「ある」のだ。
今、ある事。。。 今日もたくさん「ある」という事に救われてきたはず。空気、水、食物、自然、ご家族、ペット、森羅万象のあれこれ。。
ない、ということは勝手に心が作り出している幻影だ。 大抵は対、他の人や社会との比較だ。
大抵の親や社会は子供にそれを教えてしまう。
条件の下での幸せは卒業しよう。
〜してくれた

〜してくれない

〜をすれば愛する

〜をしないから愛さない

わたしからその図式は消えた。

行動は全ての人々の意識化のもの。
私が赤だとしたら

違う行動の人は青や黄色かも知れないだけ。
そんないろいろな色の織物を楽しむ。
自分の色も素敵。

あの人の色も素敵!

ただそれだけだ。

外側がどうであれ、自分の魂はいつも平和で安住し

生けとし生けるものの生命のタペストリーを愛おしむ。

条件なしで

笑うのだーー!

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誰もいない野原でパクチーパスタを作りました。 お茶も沸かしましたよ。

at 23:15, 武井 悠桂, -

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